AMH値はどう見る?~最前線から知る不妊治療と卵巣予備能の最新知見~amh-info.jp

 

Vol.1 エキスパートが語る不妊治療と卵巣予備能 座談会 卵巣予備能を考慮した不妊治療を考える

年々、出産年齢は高齢化し、不妊治療の需要も高まっています。今、求められる「卵巣予備能」を考慮した不妊治療と、検査値から卵巣内に残る卵子数を推定できると注目されているアンチミューラリアンホルモン(anti-Müllerian hormone:AMH)の話題を中心に、不妊治療のエキスパートの先生方に討論いただきました。

■司会
浅田 義正 先生(医療法人 浅田レディースクリニック 理事長)

■出席者
齊藤 英和 先生
(国立研究開発法人 国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 副センター長)
臼井 彰 先生
(医療法人社団 ひとみ会 臼井医院 不妊治療センター 院長)

女性の出産年齢の変化と不妊治療

浅田:
本日は不妊治療の第一線でご活躍されている先生方にお集まりいただき、「卵巣予備能を考慮した不妊治療」をテーマに討論を進めてまいります。
まずは、齊藤先生、わが国の出産年齢の変化、不妊治療の現状についてご解説をお願いします。
齊藤:
わが国は不妊治療の施行例数が多く、人口あたりの体外受精施行率は米国の約4倍という不妊治療大国です。特殊合計出生率は低下が著しいものの、それでも2005年以降は微増傾向にあり、年齢区分でみると、妊娠・出産の適齢である20歳代では低下しているのに対し30歳代では増加しています。年齢別出生率のピークも高齢化し、現在では30歳前後です。これは女性が働く機会が増えたものの子育ての環境が整っておらず、出産が遅れがちという社会背景を反映していると考えられます。ただ、30歳代後半でもある程度出生率が高いのは、不妊治療の成果ではないかと考えられます。
浅田:
不妊治療を受ける患者さんの現状についてはいかがですか。
齊藤:

わが国ではこの60年間に結婚年齢と第1子出生年齢の平均が6歳高齢化し、近年、結婚年齢は平均28歳を超え、第1子出生年齢の平均は30歳を超えました。20~24歳で結婚した場合の平均出生児数は2.09と2を超えていますが、35~39歳になると1.16にまで低下し1)、結婚年齢の高齢化とともに平均出生児数は減少しています。
こうした状況を背景に、日本では生殖補助医療を含めさまざまな不妊治療が行われており、最近では生殖補助医療の施行例数が著しく増加し、2012年の治療数では約32万件に達しました(図12)。生殖補助医療を受ける女性の年齢も高齢化しており、2012年には40歳以上が39.7%を占めました。当科でも、不妊治療を目的に受診する初診患者さん、体外受精を初めて受ける患者さんの平均年齢は30歳代後半で、一般的に妊孕性が低下しているとされる年代です。

治療開始周期あたりの出生率は20歳代では約20%ですが、32歳くらいから急激に低下し、40歳では6~8%、45歳では1%を下回ります(図2)。その一方で、母親の各年齢群で出生する全児数に占める体外受精児の割合は、 20歳代では1%未満ですが、加齢とともに上昇し、40~44歳では15.58%、45~49歳になると25.11%に達します。高齢患者さんでは生殖補助医療の治療成績は不良とはいえ、出生児に占める体外受精児の割合は高いことになります。

加齢にともない治療開始周期あたりの出生率は著しく低下するため、1人の体外受精児を得るための費用も上昇し、45歳では約4千万円かかる計算になります。高齢になってからの不妊治療は患者さん自身にかかる肉体的・精神的・経済的負担が大きくなります。なるべく早期に不妊診療科を受診してもらい、受診後も早めに患者さんの妊孕性を把握し、適切な治療を選択することが望ましいと考えられます。

浅田:
不妊治療の成績を金額に換算すると、患者さんにも現実の厳しさを伝えやすいですね。

齊藤:
45歳以上の方に出生率が1%を切りますと説明しても、どうしても患者さんは「1%の可能性がある」と考えがちです。出生するまでに平均で数千万円かかりますと説明することで、治療の難しさ、負担の大きさを実感してもらえます。

卵巣予備能評価とはなにか -AMH値を計測する-

浅田:
不妊治療患者さんの高齢化にともない、不妊治療にはより精度が高く、患者さんの状態にあった適切な治療が求められています。そこで大切なのが「卵巣予備能」の評価です。卵巣予備能評価の実際について、臼井先生いかがでしょうか。
臼井:
当院では従来のホルモン値に加え、保険適用外ではありますがアンチミューラリアンホルモン(anti-Müllerian hormone:AMH)値検査を行い、卵巣予備能を評価して治療方針の設定の参考にしています。加齢とホルモン検査値の変化について、当院を受診した23~50歳の患者さん1,470周期のデータを紹介します。卵胞刺激ホルモン(FSH)値は加齢にともない上昇しますが、黄体形成ホルモン(LH)には加齢との関連性はなく、エストラジオール(E2)もはっきりとした傾向はみられませんでした。AMH値は、個人で値にばらつきが大きいですが、年齢別の平均値をみると加齢にともない低下していました(図3)。経時的にAMH値を評価できた81例を対象にAMH値の経年的変化を検討したところ、受診から2年後まではAMH値は維持され、3年目以降は有意に低下しました。また、3年目以降に変動するのはAMH値だけで、FSH、LH、E2には有意な変動は認められませんでした(図4)。
浅田:

AMHは、数値を計測することで卵巣内に残る卵子数の推定が可能なホルモンです。AMH値は初期卵胞や発育卵胞の数を反映するだけでなく、卵胞の発育の早期の段階や成熟過程にも影響を及ぼします。患者さんには、卵巣のなかを見なくても排卵の準備ができた卵子の量から卵巣予備能が評価でき、その指標としてAMHが有用だと説明しています。

AMH値を測定して卵巣予備能を評価することで、どのような治療でどの程度の期間行うかという適切な治療方針を立てることができます。また、AMH値は採卵数と相関が強く、採卵数の管理にも応用できます。AMH値は徐々に低下していくため定量的な評価が可能ですが、FSHは卵巣予備能がなくなったときに急激に上昇するため、FSH基礎値よりも年齢とAMH値を重視すべきだと思います。

臼井:
AMH値の特徴としては、データでも出ているとおり個人によってばらつきが大きく、正規分布しない点です。
浅田:
そうですね。正常値を設定して診断するタイプのマーカーではありません。しかし、全体の傾向としては加齢にともなって低下していくことは海外の大規模研究でも報告されており3)、また、卵巣予備能の指標として一般に用いられている年齢、AMH、FSH、胞状卵胞数(AFC)の予測能を比較すると、AMHは治療への反応性予測、適応できる患者さんの多さといった点でこれらより優れていることがわかります(図54)
齊藤:
また、AMH値が平均より低いからといって妊娠・出産できないわけではありません。
浅田:
卵子の質やうまく育つかがよく相関するのは年齢であり、AMH値でわかるのはどの程度卵子の数が残っているかです。患者さんには「卵子が少ないから妊娠できない」ではなく、「卵子が少ないから短期間しか治療できないので、がんばりましょう」と説明しています。測定値が0に近い数値でも、卵子が残っている人、採卵を工夫すれば卵子が採取できる人は存在します。閉経時でも卵子は千個残っているといわれているので、閉経前であれば数千個は残っているはずです。つまり、AMH値が低い場合はいたずらに治療に時間を費やすことは避け、治療の猶予期間を考えた対応をすべきだと思います。
齊藤:
臼井先生のデータではAMH値は3年目から低下していますね。
臼井:
検討は4年目までしか行っていませんが、追跡期間が長いほど差が出てくると予想しています。
齊藤:
そう考えると、2年目までに結果を出すことがひとつの治療目標になりますね。

卵巣予備能評価を不妊治療に活かす

浅田:

私はAMH値を年に1回程度測定し、採卵数と合致しない場合には再検査をするのが望ましいと思います。その結果と年齢を目安に調節卵巣刺激法としてどの方法を選ぶかを考えます(図6)。AMH値が高ければ卵巣過剰刺激症候群(Ovarian hyperstimulation syndrome:OHSS)に特に注意して治療を選択し、加齢とAMH値の低下を加味しながら、アンタゴニスト法、ショート法、簡易刺激法を検討しています。

臼井先生はかなり以前から治療でAMH値を測定されていますが、臨床ではいかがでしょうか。

臼井:
私は2006年から測定をし始めました。採卵数とよく相関しますし、AMH値が高いときには、多嚢胞性卵巣症候群(Polycystic ovary syndrome:PCOS)を疑います。PCOS患者さんに過剰にゴナドトロピン(hMG)を注射して卵巣が腫れてしまうといった事態を避けることができます。
浅田:
今後、測定技術が進歩すれば、PCOSの診断基準にAMH値が入る可能性もありますね。
臼井:
そうですね。5ng/mL以上だったら、hMGを使用するのに注意が必要と考えています。
齊藤:
若年時のAMH値が高いとその後の低下が著しく、最初から低いと低下しにくい傾向があるようですが、先生方は治療を進めるうえでその点考慮されることはありますか。
浅田:
AMH値が低い人は1回の採卵で採取できる卵子数が少ない傾向があり、採卵できる期間は思ったより長くても、数が少ないので妊娠率には不利と考えます。
臼井:
AMH値が低い場合、1回目にうまく採卵できても次には採卵できないこともあります。その場合には最初に2~3個採っておくようにしていますね。
齊藤:
また、AMH値を計測することで卵巣機能不全を早期発見して治療を開始することもできるようになりましたね。
浅田:

生理不順になったときにAMH値を測定すれば、PCOSなのか卵巣機能不全なのかを判定できます。治療計画だけでなく、診療のさまざまな場面でAMH値は有用だと考えます。

ただし、これまでのAMH測定の課題として、測定系がやや不安定で数値変動が大きく、溶血などの影響を受けたり補体が干渉する点が挙げられます。また、過去に検査試薬がEIA AMH/MISから第二世代のAMH Gen IIに切り替わった際に、記載単位がpMからng/mLに変わったことなどが経緯としてあり、過去のデータと現在のデータを比較する際には注意が必要です。一方、測定値の精度については先日、新たにAMHを自動化測定でき、低値への感度も高められたアクセスAMHが使用可能になったことで、一定の質が保たれることを期待したいです。検査センター間のばらつきもなくなれば、卵巣予備能をさらに詳細に検討でき、月経周期との関連性も明らかになると思います。

アクセスAMHとは、ベックマン・コールター株式会社が販売する化学発光酵素免疫測定法による自動測定装置用試薬(研究用)を示します。
詳しくはベックマン・コールター株式会社までお問い合わせください。


卵巣予備能評価とはなにか -AMH値を計測する-

浅田:
不妊治療は、一律に「若いから少し様子をみよう」ではなく、場合によっては早期からのステップアップが必要で、治療中のリスクも察知していくべきです。簡単な血液検査でできるAMH検査が普及することで、不妊治療を受けている患者さんの負担が少しでも減ることを期待しています。また、不妊治療中の方だけでなく、一般女性にも卵巣予備能という概念とAMH値の存在を周知していく必要があると感じます。
齊藤:
卵子については質と量の両軸で考える必要があることを啓発していきたいです。
臼井:
卵子の老化に比べ、卵子数の減少の知識については十分に普及していないと感じます。年齢を重ねると卵子数は減少するという事実を多くの人に知ってほしいです。

齊藤:
5年ごとくらいに卵巣予備能を計測できるよう、定期健診に自費のオプションとして組み込むような仕組みができればよいと思います。
浅田:
女性の社会進出が後押しされる一方、女性の妊孕性への意識は後回しにされてしまったと感じることがあります。25歳、30歳で一度卵巣予備能をチェックし、人生設計の参考にしてもらうのがよいと思います。
齊藤:
AMH検査をきっかけに早い時期から自分の状態を知り、自分が歩む人生について後悔することがないよう選択してほしいですね。
浅田:
女性が人生を選択する岐路に立ったときに、年齢だけでなく卵巣予備能が指標のひとつになるのではないかと期待しています。先生方、本日は活発な意見交換をありがとうございました。
卵巣予備能評価とはなにか -AMH値を計測する-
文献
1) 国立社会保障・人口問題研究所:第14回出生動向基本調査
2) 日本産科婦人科学会ARTデータブック2012  >> http://plaza.umin.ac.jp/~jsog-art/2012data.pdf
3) Seifer DB et al:Fertil Steril 95:747-750, 2011
4) La Marca A et al:Hum Reprod Update 16:113-130, 2010